電話ボックス

843 :おっさん:2013/02/04(月) 21:34:54.16 ID:Aqv866r+0
 
電話ボックス

もう10年近く前。そうだな、まだ街のあちこちに電話ボックスがあった頃の話だ。 
ある3連休の前の金曜日。俺は大学の仲間としたたかに飲んだ。 
深夜1時前、仕上げに屋台のラーメン食べて流れ解散。 
そして、ふと、思いついたんだ。明日は特に予定も無い、酔い覚ましに歩いて帰ろうって。 
終電は過ぎてたけどタクシー乗るのは簡単。でもそれだと二日酔いが酷いような気がしてさ。 
ケイタイを持ってなかったから、電話ボックスで母親に「歩いて帰る」と電話しようと思った。 
その頃は幹線道路のバス停には大抵電話ボックスがあったんだよ。 

最初のバス停で電話ボックスに入った。?何か変だ? 
微かな香水の匂い。よく見ると受話器が電話機の上に置いたままになってる。


844 :おっさん:2013/02/04(月) 21:37:07.44 ID:Aqv866r+0
 
受話器に耳を当てると、既に通話は切れてて無機質な電子音だけが聞こえた。 
酔っ払いが置き忘れたんだろうと思って受話器をフックに戻した。
するとジャラジャラと音がして、返却口に10円玉6枚。 
ラッキー。10円玉2枚で母親に電話をかけ、残りの40円をポケットに入れて歩き出した。 
でも、何か気になるよね。次のバス停でも電話ボックスを覗いてみた。 
・・・やっぱり受話器が電話機の上に置いてある。そして香水の匂い。 
受話器の向こうは電子音。受話器をフックに戻すと今度は10円玉が5枚。 
次の電話ボックスでも、その次の電話ボックスでも同じ。 
電話機の上の受話器。電子音と戻ってくる10円玉。もう19枚。 
その次の電話ボックスが見えた時、歩き去る人影が見えた気がした。 
むせるような香水の匂い。そこでも5枚の10円玉、合計24枚。



846 :おっさん:2013/02/04(月) 21:38:59.17 ID:Aqv866r+0

 
そして、その次の電話ボックス。電話ボックスから出て行く人影がハッキリ見えた。 
真っ赤なワンピースを着た女性(多分)、微笑んでいるように見えた。 
俺は女性が遠ざかるのを待って電話ボックスに入った。 
受話器を耳に当てる。叫ぶような声が聞こえた。 
『なあ、お前K子だろ?もう、こんなこと止めろよ。止めてくれよ。 
 俺たち、寝られなくて参ってるんだ。一度、ちゃんと話しよう、な?』
俺は思わず電話を切った。ジャラジャラと戻ってくる10円玉。 
「何故勝手に切るの?邪魔しないでよ」
振り向くと、俺の背中側から赤いワンピースの女が覗き込んでいた。 
闇の中に浮かぶ綺麗な白い顔がニコニコ笑って俺を見つめている。 
「ねぇ、邪魔、しないでよ」
あまりに現実離れした綺麗な顔、怖くて怖くてとても生身の人間には見えなかった。


847 :おっさん:2013/02/04(月) 21:42:18.21 ID:Aqv866r+0
 
俺は電話ボックスを飛び出して全力で走った。家までの残り2kmを多分6分台。 
途中ラーメンを吐いたが必死で走り続けた。
家が見えた所でポケットの中の10円玉をみんな取り出して捨てた。 
背中からいつあの女に声をかけられるか、本当に気が気では無かった。 

それから数日、着替えても風呂に入っても香水の匂いは消えなかった。 
あの女が人だったのか、そうでなかったのか、今も分からない。 
深夜、幹線道路を彷徨いながら、『あれ』は一体どれだけの無言電話をかけて歩いていたのだろうか。 
何枚の10円玉を持ち歩いていたのだろうか。 
俺にとっては洒落にならない怖い経験だったよ。 
もちろんそれからは飲んだ後に歩いて帰るのは止めた。