山の空

75 :聞いた話 ◆UeDAeOEQ0o :04/06/22 19:34 ID:k8Zahsxw

旅先で聞いた話 

冬の終わり、日当たりの良い山の斜面で、植え付けのための地拵えをしていた。 
昼までに一仕事終え、休息をとる。火を熾し、腰を下ろして弁当を拡げた。 
頭上には晴れ渡った空。南中の太陽から降り注ぐ日差しに目を細める… 


75 :聞いた話 ◆UeDAeOEQ0o :04/06/22 19:34 ID:k8Zahsxw

パンッ 

突然、目の前で柏手が一つ打たれた。 
いわゆる猫だまし。驚くと同時に我に返った。 
見上げると陽光が少し傾いている。まるで午睡から覚めたような気分。 
掌を打つ乾いた音が、まだ耳朶に響いていた。 
見ると、焚き火は土を被せて消されており、そこから細い煙が一筋立ち上っている。 
地面には空になった弁当箱。その隣に水筒と並んで見慣れない湯飲みが置かれていた。 
荒々しい造りのごつい湯飲み。持ってみると、ほんのり温かった。 



75 :聞いた話 ◆UeDAeOEQ0o :04/06/22 19:34 ID:k8Zahsxw

仕事を再開したものの、無性に腹が減ってきたので早めに切り上げることにした。 
例のごつい湯飲みは持って帰ることにした。弁当の駄賃という気持ちだった。 
納屋にある作業棚の上に置き、ヤスリやワイヤーブラシなどを突っ込んでおいた。 

かれこれ5年ほどになるが、今のところ何も異常は起きていない。 

ただ、目の前で打ち鳴らされた両の手の映像は、今でも目裏に焼き付いている。 
ごつい湯飲みには似合わない、真っ白い女のような手だったそうだ。