寝袋

615 :全裸隊 ◆CH99uyNUDE :2006/02/05(日) 09:35:46 ID:30VtA+4s0

俺たちの部室には、寝袋がいくつもあった。 
どれも古く、カビ臭く、あまり気分の良いものではなかったが、 
在学中だけ山をやる者や、新入生が使うには手頃だった。 


615 :全裸隊 ◆CH99uyNUDE :2006/02/05(日) 09:35:46 ID:30VtA+4s0

その中にひとつ、山行のたびに誰かが持っていく寝袋があった。 
裏地には名前がマジックで書かれており、
OB連中の話によれば、持ち主はバイク事故で死んだとのことだった。 
それが本当かどうか、調べる方法はいくつもあるが、
山岳部に限らず、どこの部にもある話なので誰も気にしなかった。 
野球部ならグラブやバット、テニス部なら古いラケットにまつわる、
似たような話が語り継がれているだろう。

その寝袋を毎回山に持って行くのには、それなりの理由があった。 
いわゆる部活動の山行では、楽しむことより鍛錬や訓練が目的化する傾向があり、
体調が万全でないと上級生でも苦しむ場合がある。 
丹沢山地で焼山・黍殻山・蛭ヶ岳・丹沢山・塔ノ岳と歩き、 
最後は大倉尾根を下るというルートを一日でこなしたこともある。 
可能なら、という条件付きで塔ノ岳の後、大山まで行くことも計画に含まれていたが、
さすがにそれは無理だった。 
馬鹿げた行程だが、当時はそう思わず、計画どおり歩くことに熱中していた。 




616 :全裸隊 ◆CH99uyNUDE :2006/02/05(日) 09:37:07 ID:30VtA+4s0

誰かが疲労でぐったりしてしまうと、この寝袋の出番だ。 
「バテたか、寝袋出せ」というのが決まり文句で、
寝袋に押し込み、ほんの少し休ませると疲労がとれ、驚くほど体調が良くなる。 
気の持ちようだろうとは思うが、確かに不思議なほど効いた。 

OB会と称した大宴会が催された時、
十以上も年齢の離れた初対面の後輩に、その寝袋のことを訊ねた。 
彼は、その年の卒業生だった。 
「毎回、持って行きますよ」 
今でも効くのか? 
質問を重ねると、一度だけ世話になりましたと答えが返ってきた。 
話をするうち、気付いたことがある。 
彼がいう「魔法の寝袋」は、裏地にマジックで名前が書かれていない。 
持ち主がバイク事故で死んだことは変わっていなかったが、
どうやら長い間に、別の寝袋とすりかわったらしい。 
ま、そんなもんだろうなと、俺は思った。